社口萬興宮。当宮は清の雍正年間に創建され、300年近くの歴史を持つ。当宮は清の雍正年間に創建され、300年近くの歴史を持つ。雍正9年、大甲西社番乱が発生した際、総土官の潘敦仔がその子士萬、士興、通事の張達京と共に、壮丁を率いて番乱鎮圧に功績を上げた。雍正11年、張達京は士萬、士興と共に京へ上り、蟒袍(現存する張氏一族)を賜った。台湾へ帰還した際、聖母の恩沢を感じ、湄洲天后宮へ赴き天上聖母の神霊を恭しく迎え、神岡社南瓦磘脚に奉祀した(廟宇建設のため瑠璃瓦やレンガなどの材料が必要で、窯を築いて瓦を焼いたため、瓦磘脚と呼ばれた)。後に地理的条件が悪かったため、現在の場所に移転した。萬興宮の由来は、士萬、士興の名前に由来すると伝えられている。社口はかつて岸裡大赦の出入り口であり、漢人が入植した後、この地を萬興荘と呼んだことから名付けられた。
住所:臺中市神岡區昌平路五段337號
営業時間:00:00–23:59
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