元安平港導流堤南堤。台南近郊の海岸。オランダ時代から鄭氏時代を経て、清の道光2年(1822年)までの約200年間、安平は台湾本島と接続しない島でした。台南近郊の海岸。オランダ時代から鄭氏時代を経て、清の道光2年(1822年)までの約200年間、安平は台湾本島と接続しない島でした。安平と台南海岸の間は当時「台江湾」と呼ばれ、大型艦船も出入り可能で、水深は約5~6メートルでした。安平は一連の砂州の一つで、元々は「一鯤鯓」と呼ばれていました。安平の南から現在の二仁渓河口付近まで、さらに6つの砂州があり、7つの砂州はそれぞれ「一鯤鯓」から「七鯤鯓」と呼ばれていました。安平の北は水路を隔てて北線尾砂州と向かい合っており、この水路は台江湾への主要な通路でした。オランダ人はゼーランディア城(安平古堡)を築き、ここを扼していました。北線尾の北は、鹿耳門を隔てて隙行港砂州と向かい合っており、これも台江湾への重要な入り口でした。
住所:臺南市安平區上鯤鯓漁光路197號
営業時間:00:00–23:59
台南