明新書院。明新書院は、三合院(サンヘイユェン)様式の古風な建物で、中央には三間(さんけん)の正殿があり、三方を赤レンガの塀で囲まれています。明新書院は、三合院(サンヘイユェン)様式の古風な建物で、中央には三間(さんけん)の正殿があり、三方を赤レンガの塀で囲まれています。集集は光緒初年、中央山脈の開発と樟脳産業の隆盛の影響で街が繁栄し、人文的な活動が活発になったため、士紳(ししん)たちが柴橋庄(さいきょうしょう)に明新書院を建てることを提唱しました。ちょうど光緒九年(1883年)に濁水渓(だくすいけい)が氾濫し、多くの巨木が流れ着き、山から流出した木材を利用して廟堂(びょうどう)が建設されました。神棚には主に文昌帝君(ぶんしょうていくん)が祀られ、制字聖(せいじせい)、紫陽夫子(しようにょうふうし)、大成至聖先師孔夫子(たいせいしせいせんしこうふうし)が配祀されています。神棚、懸け額、玄関ホール、側廊のいずれにも、明新書院が儒学の宗師(そうし)の宏願(こうがん)を受け継ぐことを示す対聯(ついれん)があります。近年では、祭日や祭典と組み合わせて民俗采風(みんぞくさいほう)、文化祭などのシリーズを開催しており、芸術文化の機能を持つだけでなく、地方の産業文化や観光を牽引しています。書院の正殿は講学(こうがく)の場であり、殿宇(でんう)は高くそびえ、屋根の棟には麒麟(きりん)に乗る童子の飾りが生き生きと施され、両側には一対の龍、草花、四隅の飾り、左右対称で表情豊かな装飾が置かれています。明新書院は1985年に内政部(ないせいぶ)によって三級古跡(さんきゅうこせき)に指定され、修復はすべて古い様式の建材に準じて行われ、日本様式は日本統治時代の史実の証ですが、その簡素で古拙な様式は、漢民族移民が定住した精神の拠り所です。
住所:南投縣集集鎮東昌巷4號
営業時間:00:00–23:59
南投